「風鈴舎」は美人姉妹で定評のある石田ゆり子とひかりが所属タレントの芸能事務所で、設立当初は彼女たちの個人事務所でした。設立は1999年で所在地は東京都の港区になっており、社長は石田ゆり子です。石田姉妹は、これまで数多くのドラマや映画に出演しており、その他、本の出版や舞台、そして各種のナレーター等でも活躍しています。石田ゆり子の生い立ちとしては、子供の頃から水泳が得意で、小学生のときに平泳ぎでジュニアオリンピックに出場し、全国8位に入賞しています。ただ、周りからのプレッシャーが重荷になったため、水泳の道に進むことはなかったわけです。そうした中、高校一年生の時に、芸能事務所の「ボックスコーポレーション」にスカウトされ、モデルデビューすることになりました。モデル活動を行っている内に、テレビのプロデューサーの目にとまり、1988年に放映されたドラマ「海の群星」で女優デビューすることになります。また、その年に公開された映画「悲しい色やねん」にも出演を果たしています。 

1999年に風鈴舎が立ち上げられると、妹の石田ひかりと共に運営することになり、活動の幅をさらに広げることになります。特に石田ゆりこの演技力は高く評価され、2005年に公開された映画「北の零年」において、日本アカデミー賞の助演女優賞を獲得しています。以降、数々のテレビドラマや映画、そして舞台で女優として活躍しており、同時に、エッセイストとしても強味を発揮しています。TVドラマの代表作としては「101回目のプロポーズ」や「Dr.コトー診療所」などが挙げられます。彼女の役柄としては、可憐なルックスにみあった、清楚でおしとやかなものが多くなっていますが、実際の性格としては「頑固であまのじゃく」だと本人も認めています。また、女らしさについても、自分ではガッカリするくらい欠けていると述べています。一方、妹の石田ひかりは、姉のゆりことほぼ同時期にスカウトされており、それも同じスタッフから姉妹と知らずに声を掛けられたと言います。1986年のTVドラマ「妻たちの課外授業Ⅱ」で女優デビューを果たし、1987年には「エメラルドの砂」で歌手デビューしています。その後、NHKの連ドラ「ひらり」でヒロインをつとめ、フジテレビの「あすなろ白書」でも主演を果たしています。また、1992年と1993年にはNHK紅白歌合戦の紅組の司会を務めています。2001年には、NHKの職員(当時NHK大阪放送局ディレクター)と結婚し、現在は2児の母親となっています。活動の方としては、母親業に支障が出ない程度に、芸能活動を行っています。一方、姉の石田ゆり子は、美人であるにも拘わらず、独身を貫いています。かつては、有名男優との噂もありましたが、相手の問題もあって結婚には至らなかったとされています。加えて、育った家庭が厳格であったことも一因とされており、相手の男性には高い倫理観が求められたわけです。それでも、厳格な家庭で育った反動からか、週刊誌で取り上げられるような交友関係が噂になったこともあり、謎めいた女性のイメージが定着するようになりました。

タレント事務所一覧

主なタレント事務所は、こちらのページでまとめて紹介しています。

芸能事務所一覧