豪華なキャスト陣で話題になった映画「何者」、原作にあった「就活する若者たちの焦燥感」が見事に映し出されていたと思います。あらすじをおいながら感想を書いていきたいと思います。

主人公は二宮拓人(佐藤健)という御山大学社会学部の大学生です。彼は演劇サークルに所属していましたが、就活に集中するため演劇をやめています。二宮拓人がスーツ姿で向かったのは友人神谷光太郎(菅田将暉)のラストライブ会場です。神谷もまた就活のためにバンドを「卒業」、金髪を黒髪のリクルートカットにして就活に挑もうとしています。そこで出会ったのが田名部瑞月(有村架純)です。彼女もまた黒いリクルートスーツ姿で、神谷のライブを見に来ていました。

というのも田名部瑞月は神谷の元カノだったからです。拓人はそんな彼女に片思いをしていました。瑞月の友人である小早川里香(二階堂ふみ)は二宮と神谷のアパートの上の階に住んでいますが、就活にいそしむもののそれほどの成果が上がらない、ちょっと空回りしている様子です。彼女の彼である宮本隆良(岡田将生)はそんな彼らを後目に就活をせず、クリエイティブな活動で生きていきたいと宣言しています。

彼らは小早川里香の部屋を「就活対策本部」と銘打って定期的に集まり、報告しあったり慰めあったりすることにしているのですが、実はそれほど前向きな気持ちばかりではないのでした。

この映画がただの就活生たちが頑張る姿を切り取っているのではないのは、SNSに右往左往させられている姿です。特に主人公の二宮拓人は仲間のSNSをチェックするあまり自分の就活に集中できないほどです。SNSは彼らをいやしたり励ましたりする存在ではなく、表に出せない感情を吐露できる唯一の場所。

しかしその「表に出ない部分」までを探ろうとする二宮拓人は、はじめは仲間のすべてを把握しているような気持ちになっていたものの、少しずつその「悪」に自らの心を侵食されていきます。よく、SNS疲れを指摘されたりしていますが、二宮拓人の場合は「知らずに済めば済まされることを知ってしまう」中で自ら墓穴を掘る状態になっています。これは就活生でなくてもこの落とし穴に陥りやすいのかもしれません。

それでなくても就活中は「自分には価値があるのか」「就職が決まらなければこの先いったいどうなるのか」という不安感でいっぱいです。そういった悩みの中でもがく5人の若者たちが赤裸々に描かれていて、作者の朝井リョウさんが実際に就活したときの様子がうまく描けていると思いました。田名部瑞月役の有村架純さんも、実際に就活を役で演じ「同い年の人たちが体験していることとして身近に思った」とコメントしているように、毎年当たり前のように就活という言葉が使われていきますが、その背景にはさまざまな気持ちや思いがあるのだということがうまく表現されていると思います。

田名部瑞月に、SNSばかりをチェックしていることを見破られて「そういうあなただから就活がうまくいかないんじゃない?」と指摘された二宮拓人ですが、彼が「何者」というアカウントでやっている「裏」SNSで明かされたのは、彼が実は就職浪人、つまり就職できなかったがために大学を浪人して再び就活に挑んでいたということでした。二宮拓人は他人の言動に一喜一憂するあまり自分を磨くことを忘れていたことを、現実社会から突き付けられた形となっていたのです。

就活をしていてショックなのは、自分がもらえていない「内定」を自分以外の誰かがもらうことです。もちろん「ご縁がありませんでした」という不採用通知もショックなのですが、それが自分の知っているあいつが採用されたがために自分が不採用になった、という事実は耐え難いものがあります。それに耐えるには、やはり自分を磨くべきなのですが、その方法も到達地点もわからないまま、時には強がり時にはうそぶく、就活生5人のことを「それが青春だよ」とひとくくりにすることはできないと思いました。

たかが就職活動、されど就職活動、自分を見つめ直せば見つめ直すほど、自分の限界や「今いる場所」をまざまざと見せつけられるという作業を繰り返さなければならないのは、誰にとってもつらい作業です。その心情をSNSに吐露したくても、友人に知られているアカウントでは本音を言うことすらできない若者たち、さらにその「裏の気持ち」までも探り当てようとしてしまう主人公は、どんなツールを使えたとしても使う人間によって幸せにも不幸にもなるのだということが盛り込まれていたと思います。

映画がいいのはキャスト陣によって命が吹き込まれたり、音楽の演出でより効果的に見られたところだと思います。主題歌の「何者」もデジタルツールに翻弄されていく主人公のイメージがよく出ていたと思います。はじめは「おしゃれにイマドキの就活」かなと感じていたのですが、少しずつむしばまれていく二宮君に怖さを感じました。それでも最後は「かっこ悪い自分」を認めて歩き出すのがよかったです。